人は幸福を追い求める。 不幸に遭遇したくないとの思いは、誰でも同じだろう。 私もおそらく、ずっと幸福を追い求めてきたのだと思う。 その幸福がどんなものであるか、そこには多くの異なった視点がある。 私の幸福とは何だったのだろう。 1つ確信をもって言える事は、 自らの精神が高みに向かう時に、私はこの上ない幸福を感じたことだ。 私にとって、それは生きる価値にもつながっていた。
そして今、あることに注目する。 それは、私自身の幸福を感じた時、ほとんどの場合が逆境に身を置いた結果だったという事実だ。
逆境が幸福を導いていた。 この事実は 「生きること」 そのものを表している。 生きている限り、環境や状況は絶えず変わる。 良い時は続かない。 後に必ず逆の状況がやってくる。 同じように悪いことも続かない。 後には必ず良いことが待っている。 つまり、われわれは状況の起伏と共に生きているのだ。 だから逆境の最中にある時も、落ち込んだり腐ったりする必要は無い。 幸福の絶頂にある時も有頂天になってはいけない。
こんなふうに考えていくと、今流行りの 「自分ファースト」 という発想の幼稚さが見えてくる。 「自分ファースト」 に身を置いたとしても、それがどのような幸福につながるのだろうか? この絶えず変わる状況の中で、人は幸福の中に留まり続けられるだろうか。
逆境こそが人を鍛える。 鍛えられて強靭な精神を得て、人は幸福になる。 精神を壊滅させたり、身を削ったりするストレスは、避ける努力をしなければならないが、自らと戦う際のストレスは大いに歓迎すべきだ。 逆境に身を置くことで、脳は活性化し、戦いに挑む際に得る高い集中力は、限りなくエネルギーを生み出す。 それが戦っている姿なのだ。 だから我々は戦わなくてはならない。
老化による演奏技術の低下を嘆くと、ほとんどの人は 「受け入れることが大切」 と私に言う。 しかし今の私はそう思わない。 戦うことで小さな幸せを得ているからだ。 老化という逆境も私に幸せをもたらしている。 そう確信する日々を送っている。