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年賀状 考

年賀状 考

毎日が矢のように過ぎ去り、いつの間にか今年も年の瀬を迎えた。  何故かこの時期が忙しく、慌ただしく過ぎていくのは 昔から変わらない。

12月になって、私を忙しくさせる1つの理由は年賀状だ。  これに着手する何日か前にはヨーロッパにいる友人たちにクリスマスカードを送る。  今はほとんどが電子メールになったので、クリスマスカードに関しては以前よりずいぶん時間が短縮された。
しかし、文面を印刷するにせよ、年賀状は住所を手書きにして、一言添えて郵便で送るという、従来のやり方をいまだに続けている。  今年も 印刷済みの年賀状の束が机の上に置かれている。
ここ何年か、年賀状を交換する習慣は急速に失われつつある。  新年の挨拶は多くがメールにとって変わり、 かわいいスタンプや動画、絵文字などが盛んにweb上で出回っている。


日本の年賀状の習慣は、欧米で言うとクリスマスカードだ。  特にアメリカの人たちからのクリスマスカードには毎年感動させられる。  デザインやそこに描かれた可愛い絵が主体ではないのだ。  殆どが、A4の紙2枚にびっしりと書かれた手紙だ。  内容は過ごしてきたこの1年の出来事、政治や経済の変化、世界情勢に対する考えから 個人的な報告にまで及ぶ。  最後に 友人たちに対する敬意とクリスマス、新年を迎えるにあたっての祝意が述べられている。
1年を通じての友人の生き様が手に取るようにわかり、普段はお互いに生活に追われ疎遠になっていても、この1枚でまたその存在が近くなるのが、 1年に1度のクリスマスカードなのだ。  多くは写真もたくさん付いているので、見ていてとても楽しい。
私もそれにならって、15年前からA4 1枚の手紙とA4 1枚の今年の写真集を送るようにしている。

日本の年賀状はどうだろう。  近頃はもう今回でおしまいにしますというお知らせが多い。  こちらから出す年賀状も、いただく年賀状も今では以前の半分程度に減った。  それもほとんどがパソコンで印刷されたもので、中には謹賀新年の文字と住所氏名だけが書かれているものも少なくない。  いつもこれでは安否確認と変わらないなぁなどと思いながら眺める。  ここには「年賀状」という形だけがあって、中身に心は感じられないなぁとつくづく思う。
ずいぶん薄くなった年賀状の束を眺めながら、せめて私は一言でもいいから、近況を報告したい、この機会だから、悪筆の私も少しは練習して、普段よりもマシな字を書きたいと思う。
今年は、雑用の合間に慌て書くのではなく、 1枚1枚、その人のことを思って、丁寧に書こうかと思うのだ。