仕事の内容にもよるのだろうが、時間帯によって上がる能率の度合いがずいぶん違う。
私は若い頃からひどい「時間ケチ」だった。 少しの時間でも無駄にはしたくないと、 2つ、 3つのことを同時進行で行うのが常だった。 様々なところで、時間を捻出しては、仕事をどんどん増やして朝も昼も夜も働いた。
何十年もそうやって走り続けたが、現在では年齢も上がり、仕事も以前よりずいぶん減った。 その代わりと言っては変だが、 体力が追いつかず、能率が上がらない時間が増えた。
私は以前から朝型だったので、メインの仕事であるピアノに向かう時間は朝だった。 今も朝の時間は謂わば私の「聖域」で、よほどのことがない限り、ピアノに向かうことにしている。 しかし、それが済んで午後になると、まともなことができないほど体力が落ちる。
集中力も体力のうちだ。 この体力は当然加齢とともに落ちてくる。 ある学者はそれに気づいて、若い頃と同様の生活はできないと悟るや、1日を3分割してその合間に休養を入れ、休養明けの時間を執筆や思索に当てた。
この話をひと事のように聞いていた私も、真剣に考える時期を迎えた。
先日、私は仕事を含め、するべき事、したい事を3つに分けた。 前述の学者先生のように時間を
分けたのではない。 内容を3つに分類したのだ。
一つ目はインプットする仕事だ。 これには 最もクリアな頭脳がいる。 集中力も必要だ。 具体的に言えば、 新しいことを学ぶ、読書する、暗譜をするなどだ。 ピアノの練習はある意味ほとんどがインプットの作業に当たるかもしれない。 この種のものは朝の最も元気な時に当てる。
二つ目はアウトプットする作業だ。 私の場合、このほとんどは執筆作業になる。 アウトプットは自らの内面や思考を言葉にする作業で、私の場合、意外とインプットよりは自然で体力や集中力も穏やかなもので済む。 自らの中から出すので、それなりに刺激的で睡魔は来ない。 実際、今これを書いているのは午後の昼下がりで、集中力が最も落ちる時だ。 疲れの溜まる夜でもこの作業は大丈夫だ。
三つ目はインプットでもアウトプットでもない単純作業だ。 たとえば、何かの整理、事務処理、料理、掃除などがこの部類だ。 これは体力の落ち気味の時や、集中力が著しく低下した時の隙間に入れる。 多くは午後以降、夕刻にかけてだ。
残念ながら、インプットの時間には限りがある。 でもそれは毎日一番に訪れる。 たかが4時間程度だが、私には黄金の時間だ。
後の時間をこうして自覚して内容を分けると、俄かに1日が楽しくなった。
しばらくはこうして日を重ねてみよう。